So-net無料ブログ作成
検索選択
前の10件 | -

ピタゴラス・コンマ [音楽雑感]

セバスチャン(私のピアノ)の音が相当ずれてきたので、調律師さんに電話を入れた。

「あいにく、ピアノの買い付けで、今ドイツにいるんですよ。来月の中ごろにはお伺いできます。」
「えぇ~~~!!そんなに先・・・ビヨ~~ンって鳴っちゃうんですよ。困った~~・・・」
「あはは・・・じゃあ、テンポをあげてすばやく弾いててください。」
「えぇ~~~???・・・」




そんな会話から思い出したこと。
確か、テリー・ライリーだったと思うけど、西洋音楽のテンポが速いのは、音律の不具合を避けるためとか言っていたなぁ。
ゆっくり響かせると濁りが目立ってしまうからということなのだろう。
例えば、美しい5度の響きは声楽曲や民族音楽などで聴くことができますが、セバスチャン(私のピアノ)にはもともと出すことが出来ないんです。
平均律のジレンマですね。




美しい5度や3度の響きは、自然界にもともと存在する宇宙の法則に則った自然の響きだ。
一方平均律は、12個の音をバランス良く響かせるために、自然の響きを人工的に操作する。


一番最初に5度の共鳴に理論をつけたのは、ピタゴラスでしたよね。
鍛冶屋さんの前を通りかかったピタゴラスが、偶然に調和する2つの金属音に足を止めたとか・・・
なんとか・・・
確か昔、学生時代にこんな授業があったような・・・




ゴソゴソ・・・




あった!当時の資料とノートを発見!
でかい文字で殴り書きがしてある[あせあせ(飛び散る汗)]
どうやら当時は、この授業が退屈でつまらなかったようだな・・glennmie。
しかし、このノートから興味深いメモをみつけましたよ。
(当時何故に私はスルーしてしまったの、もったいない)



そうそう、それで、
ピタゴラスは、鉄床とハンマーが立てる音の中に調和する響きを発見した。
その響きには、金属の重さや長さに、1、2分の1、3分の2といった整数比の関係が成立していると。
今から2500年前に、すでに彼は倍音列を見つけていたのですね。
2対3の比率。
一つの音に5度上の音(ドミナント)を重ねて、それを12回繰り返すと元の音に還る・・・・理論上は。
でも、実際は還らないんですよね、ビミョウにずれる。
これがよく耳にする言葉、「ピタゴラス・コンマ」。


ところが、この「ピタゴラス・コンマ」の存在を、ピタゴラスより前に発見していた人々がいた!
4000年前に!
しかも中国で。

中国の人は、紀元前4世紀までに、属音と自然倍音の理論を完成していたそうですよ。
とても面白いです。
中国の人々もまた、音楽は自然界からもたらされたものであり、宇宙の一部であるという考え方だったそうです。
その根底にあるのは、儒教的な思想。
12音をひとつのサイクルと考え、「鳳凰の鳴き声」であるとされていたそうです。
「鳳」が雄で、「凰」が雌で、2つのグループにこれらの音を分けていた。

この中から、自分たちが使う楽器に都合の良い音を使って、ペンタトニックをつくったそうです。
5つの音には5行の意味を持たせ、「地、金、木、火、水」と呼ばれた・・・面白~~~い!

中国の人々もまた、五度圏の持つジレンマ、「ピタゴラス・コンマ」に気付いていたようです。
そして1548年に朱載堉という人が、2の12乗根を用いて、ある解決策をみつけたらしい。
しかし中国ではペンタトニックの音楽で十分満たされていて、敢えて12音を使う必要性がなかったという理由から、この案は忘れ去られたんですって。
どんなものだったのか、とても知りたいですね。
当時、もし西洋の音楽家との交流があったのなら、彼の案が西洋音楽に、また違った影響を与えていたかもしれませんね。



Bachの「平均律曲集」がどの調律法のために書かれているのかは、未だに謎のままだそうです。
ただ一つ言えることは、「ピタゴラス・コンマ」だ「シントニック・コンマ」だ、と悪夢のような試行錯誤でヨーロッパ中が論争の渦中にあったときに、「全ての長調と短調を演奏可能なクラヴィーアによる・・・」と表紙に銘打って登場したわけですから、随分衝撃的なことだったのではないかと思います。





音律の話は、複雑だけれど面白い。
音楽が活き活きと生きて成長を続けていた時代の試行錯誤。
音楽の成長と共に、そんな試行錯誤を繰り返しながら楽器も成長していった。
そこには、画一的なことなどなにもなかったんだ、だから面白いと思う。
楽器の様相も、演奏法も、装飾音の付け方ひとつとっても、時代や国や民族によって大きく違う。
音楽に画一的なものなどそぐわない。
よく、一昔前はピッチが低かった・・・とか聞きますが、それだって一概にそうでもない。
オルガニストの友人がいるのですが、彼女がイタリアで460Hzの古いオルガンを弾いてきたって言ってましたよ。
古いオルガンはパイプが錆びてしまったりするので、腐食した部分はあっさりカットしちゃうんですって。
それもありと認めてしまう、いかにも明るいイタリアらしい話じゃありません?
資料の年表によると、18世紀のヴェルサイユでは392Hz、Bachの頃のライプツィヒでは415Hz、同時期のイタリア(ベネチア)では460Hzが基準になっていたそうです。
一言でバロック・ピッチなどと片付けてしまうのは、あまりに単純すぎる。




現在の楽器は皆、画一的に統一されてしまった。
現在のように、楽器が統一されたのは産業革命以降。
ロンドンのブロードウッド社が平均律を採用してから、と言われています。
そこには、何となく胡散臭い、音楽とは関係のない事情を感じてしまうのは何故だろう。
モーズリーの発明した金属旋盤の技術によって、楽器は工場の製造ラインに乗るようになった。
ピアノの弦は数学的な正確さで、ラインの上で平均律にチューニングされ、木管楽器の指穴も金管楽器のバルブも、正確に削られて、全て平均律に調律されるようになった。
1920年代に標準ピッチが440Hzと決められると、平均律は不動のものになった。


今私たちは、音楽をすべて「平均律」で聴いています。
人工的に「ゆがみ」の状態を目指した「平均律」が正しく聞こえる耳は、何を置き去りにしてきてしまったか。



私はCDなどでピリオド楽器の音楽を聴くのが好きなのですが、レコーディング・ノートを読んでみると、
こういう類の音楽のレコーディングはとても大変なことらしいです。
古い調律法はかなり不安定ですぐにずれてきてしまう。
少し弾いては長い時間をかけてチューニングをする・・・の繰り返し。
完成品を聴いていると想像もつかないほどの手間隙をかけているんですね。
当時の演奏家たちも皆そうした時間を費やしていたことでしょう。
昔の曲は大概短くて、組曲のように細切れだったけれど、一曲一曲丹念に調律を繰り返しながら弾いていたのでしょうね。
プレリュードの重要さが改めて理解できる気がします。
何でもインスタントに手に入ってしまう今の時代が安易なものに感じられたりもします。




そうそう、そうだね、
私も、ブーブー文句ばっかり言わずに、調律師さんのお帰りをじっくり待つことにいたします('-')ゝ









タグ:調律
nice!(14)  コメント(10)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

未来のセバスチャン(私のピアノ) [音楽雑感]

先月の末に、Bachの平均律「アナリーゼ講座」を受講してきました。
今回は22番。
あと残すところ2曲で、平均律第一巻は完了です。
ここまでついて来られたとは、何でも途中で投げ出す超ヘタレな私にしては奇跡です。



よく頑張った!glennmie! beer3.gif


こんな私をも、雨の日も雪の日も朝起きて会場に向わせるほどに、この講座は素晴らしいのです。
毎回必ず新しい発見が沢山あり、もっと知りたいもっとわかりたいという気持ちにさせてくれます。
毎回、目からウロコ状態が続き、このままいくと眼球がなくなってしまうかもしれぬ・・・

そして、何より先生が素晴らしい!
あんなに才能豊かで頭脳明晰な先生が、いつもいつも誰よりも勉強し、そしてその成果を
私たちに分けてくださいます。
Bachの音楽を、とても楽しげに情熱的に、そして何よりご自身で感動しながら紐解いていく講義は、
本当にエキサイティングなんです。

特に今回の22番は、私にとってはとても学ぶところが多かった。
このプレリュードの解釈は、凄いです。
おぉ~~~!!そうだったのかぁ~~!!とグラッときて、ドドド~!と家に戻り、
早速弾いてみようとピアノのふたをガバッ!と開いて、撃沈[バッド(下向き矢印)]


この数日の不安定な気候のせいで、セバスチャン(私のピアノ)が、へっぽこぴーになっていました。



がっかりだよ~、セバスチャン



polar_bear.gif






ピアノって、本当に難儀な楽器よのぉ・・・・
大きすぎて気軽に持ち運べないし、ちょっと音が狂っても自分ではどうすることもできない。
たった一個の音の狂いすら自分では直せないなんて。
しかも、しょっちゅうどこかしらが調子悪い。
いい状態で弾ける時って、一年に何回あるかしら。
図体は大きいのに、神経質で病弱なカバみたい・・・

t_hippo_a02.jpg






ピアノがこの世に登場してから300年。
自動調律機能とか、調整機能とか、どんな天候下でもそれぞれの部品が
一番理想的な状態にすぐ戻る形状記憶素材とか、そろそろ開発されませんかね。








ご存知のようにピアノは、今から約300年前、フィレンツェのメディチ家お抱えのチェンバロ製作者、
バルトロメオ・クリストフォリが製作しました。

fortepiano_Britannica__Cristofori1726.jpg




私が面白いな、と思うところは、
最初から黒い楽器だった、ということです。
シブイね[手(チョキ)]
後の革命で、富の象徴として破壊の対象になってしまった華麗なハープシコードの運命を思うと、
当時は誰にも顧みられず、黒くて地味なイデタチだったピアノが生き残り、
今や音楽には欠かせない楽器の一つとなったのは皮肉なことです。


私の知る限り、一番最初にピアノの魅力を発見した人はモーツァルトでしょうか。
そして、ピアノの可能性をとことん追求した人はベートーヴェンでしょうね。
クリストフォリもきっと喜んでいることでしょう。
強弱を表現できる鍵盤楽器製作の苦労はずっとずっと後になって大きく実を結んだ。



さあ次は、
全天候型のピアノ。
自動調律機能のついたピアノの時代だ。
セバスチャン(私のピアノ)が、スーパー・セバスチャンになる日を見てみたいです。
























nice!(14)  コメント(9)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

グイドの赤い線 [音楽雑感]

彫刻家、クレス・オルデンバーグの発言から、

”人間の手が作るものは、突き詰めると、人間の手の形に戻っていくんだよ。宇宙に飛び立つあの巨大なロケットも、ほらね。”
と言って、両の手のひらを合わせて膨らませてみせた・・・・


学生時代に読んだ何かの本で出会った一文、
とても面白い発想だなぁ、と印象深く、今でも時々思い出すフレーズです。


人間の手が創り出すものは人間の手の形に由来する。
なるほど、そうかもしれない。
私たちが毎日眺めている楽譜も。






以前にも記事にしましたが、アレッツォのグイド神父が考案した「グイドニアン・ハンド」(グイドの手)。

4f452b8af1880af7fb73fb45d7025974645007fc_94_2_9_2.jpg


手のひらでドレミを示すハンド・サインです。
この手を使って合唱指導をしたのだそうですが、まさに手のひらが楽譜、音楽の小宇宙ですね。
(これを参考に開発されたコダーイのハンド・サインは、「未知との遭遇」という映画で実際に宇宙人と
の交信に使われていましたっけ・・・)





これは余談ですけど、こんな凄い手を見かけましたよ。
あまりにもビックリしたので。

img10282297308.jpg

指の錘ですって。
指や鍵盤に錘を入れる人々・・・
驚いちゃうぞ。







さて、そのグイドですが。
学校や組織の創設者とか、初めて何かを発見した人とか、考案した人とかは、
それなりの知名度で後世に伝えられると思うのですが、
このグイドさんほど功績が知られていない人もめずらしい。
だって、ドレミを考え出した人ですよ。
この人がいなかったら、今の音楽はすべて口承で、さらに即興演奏のみの世界になっていたかもしれないというのに・・・





thumb_guido_monaco_1.jpg





音楽史の中で、大発明と呼べるものにはどんなことが挙げられます?

現代の音律、平均律は確実にそうでしょうね。(良し悪しは別にしても)
オペラはどうでしょうか。
王侯貴族の楽しみから発達しながらも、後には革命のきっかけを生み出し、
結果として、音楽界の現場が市民階級に開かれていったわけですから、
音楽史上オペラの登場は大きな意味を持つと思います。
録音技術の発明も、現代の私たちにはとても大きいものです。
考えればいろいろと出てきますね。

でも、それらを全部認めた上で、一番最初の「音の記録」、記譜法を発明したという意味で、
グイド・ダレッツィオの功績は何よりすごい大発明だったと思います。


そんなこと彼がやらなくても、多かれ少なかれいずれ誰かが考えついたことだろう、
と思われますか?
いやいや~・・・
グイドが最初に「ファ」の高さを紙に記したのは、キリストが誕生してから
なんと、千年も経っていた。

キリスト教の聖歌の数は膨大で、
グラドゥアレ・・・188曲
イントロイトゥス・・・70曲
アレルヤ・・・100曲
トラクトゥス・・・18曲
オッフェルトリウム・・・107曲
コンムニオ・・・150曲
レスポンソリウム・・・600曲
アンティフォナレ・・・数千曲

楽譜のない時代には、これだけの曲を1人の人間が10年以上もかけて覚えるという苦行が
綿々と繰り返されていたのですから。

7世紀の教皇グレゴリウス1世は、ローマにスコラ・カントルムを設置し、当時歌われていた聖歌の
多種多様なバージョンを整理し、教皇自身が定めた「決定版」に統一せよ、とすごい指令を出したんですよ。
ネウマはこの頃登場したらしいですが、
ネウマの示す情報量でヨーロッパ全体の聖歌をまとめるのは、これは無理、不可能だ。
そんな中、グイドは階名唱法を発明し、それを紙に書き記すという画期的な記譜法を考案したんです。

彼は最初に、歌詞の上部に細い赤い線をひきました。
そして、その線上に当たる音を「F」と決めたのです。
そして、赤い線の引き始めには必ず「f 」という記号をつけました。
(何故「F」なのか・・・一説によると男性の平均的な声域のほぼ真ん中に当たるかららしいです)
↑ これは勿論、ヘ音記号ですね。

後に、黄色い線で「C」の位置も決めました。
↑ ハ音記号ですね~^^

まさに、音楽が紙に書きとめられた瞬間。

かくして音楽は「モノフォニー」から「ポリフォニー」へと向かいます。
この記譜法がなかったら、対位法の音楽は絶対に生まれてこなかった。
さらに和声法は誕生しなかった。


この「F」と「C」。
グイドの時代にはこの4度と5度しか存在しなかった。
ジョン・ダンスタブルの影響でヨーロッパ音楽に3度の響きが誕生したといわれています。
3度・・・調性音楽の誕生。

是非、この動画をご覧ください。
バーンスタインが、たったの2分でこの流れを見せてくれます。(50:09 あたりから)
素晴らしいですよ。



(このDVDは絶版なの。何故に~~?)







nice!(9)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

Ascension [音楽雑感]

何年か前から話題になっているマヤ暦のこと。
2012年12月22日。

この話を信じますか、と聞かれたら、

う~~~ん・・・・

信じない?

う~~~ん・・・・




結論から言うと、どちらでもいいです。
未来のことなんか誰にもわからないし、
自然界に起こることは自然のことだから。




それより人間が、「人災」が、怖いです。
福島原発の4号機が怖いです。
こんな事態になっても他国に原発を売ろうとする人が、この国の首相だという事実が怖いです。
このまま進めば、マヤの人たちの教えを請うまでもなく、この星は滅んでしまう。
地球は人間に殺される。
予言は既に当たっていると言えるのかもしれない。







planet_ani1.gif










2012年12月22日。
みんなはどこにいて、何をしているのだろう。
私はきっと、いつもと変わらない日常をおくっている、かな・・・
ただ、自分的にはほんの少しだけ、脱日常を目指します。

都内の教会でコンサートをすることにしました。
(たまたまこの日の教会が空いていたというだけのことですが^^;)
曲目は全てBachを弾くことに決めました。


今日、音響のチェックをして、何を弾いたらいいのか決めるために下見をしてきました。












地球が爆発してもBachを弾いてるもんね♪





















nice!(20)  コメント(15)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

楽譜が教えてくれること [音楽雑感]

私たちが通常目にしている楽譜、様々な記号や音楽用語の記された五線紙の様相は、長い音楽の歴史から見るとそれほど古いものではない。
楽譜は、今ある形でなかった時期の方がはるかに長い。
古い時代から順に楽譜の姿を追っていくと、とても面白いことに気がつきます。

楽譜が与えてくれる情報量は時代と共に変化し、どんどん細密化してきたわけですが、
「記譜法が何を伝えたいのか」、その優先順位は時代によって違っています。


古いplainchantの記譜法は、音の高さについては随分曖昧ですが、フレージングに関してはとても細かくて詳しい。



単旋律で他の楽器と合わせることがなく、何より歌詞が最も重要だったからですね。


こちらは、グラドゥアーレ・トリプレックス。
中世期後期の記譜法に、10世紀の2つの写本からの記号を書き加えたものです。



上下に2種類のネウマが書き込まれていますね。



音の高さを正確に記すことが普遍的になると、その他の細かい表記はなされなくなります。
2つ以上の声部が一緒に演奏されるようになると明確な音の高さの表記と共に、
リズムの正確さがより重要になってくるからで、
そこで今度は音符の長さを示す記号が登場します。



バロック時代になると、楽譜は専ら音の高さとリズムを正確に示すことに費やされます。
音の高さと長さ、それが最大のこと、つまり、それが最優先のことだった。
この時期になると、楽譜の様相は現在のものとあまり変わらない。
だから却って誤解や混乱を招いてしまうのではないでしょうか。
でも、この時期の楽譜が伝えようとしているのは、音の高さと長さ。
それだけ。

では、強弱やフレージングやその他の細かいニュアンスは大事じゃなかったの?
もちろんそんなはずはなく。
そういう「音楽する自由」は、演奏家に託されていた。
演奏家の常識や良識を信じていたともとれますね。
「どうぞ、ご自由に楽しんでね。」ということでしょうか。
野放しの放牧で育った私には、なんと嬉しいメッセージ。(←良識はなく、非常識でもありますが。。。)


ドイツ語でAuffuhrungspraxisという言葉があります。
(英語では、performing practiceと訳されます。)
辞書によると、
「時代や地域によって異なる演奏法、楽譜に表示できない要素を指す。装飾法、即興法、テンポ、アーティキュレーション、フレージング、強弱法、音律、ピッチ、音色などが含まれる。」
これらをすべて、演奏家に託していたということですね。
もっとも当時は作曲家=演奏家であった場合が多いですし、
後の時代のように演奏家を支配するような絶対的な力を、作曲家は持っていなかったとも言えると思いますが。
どちらにしても、おおらかな、のびのびした時代ですね。


でも、喜んでばかりもいられない。
当時の楽譜は、しばしば困惑するものも多いです。
まず、音部記号。
特に鍵盤奏者にとっては、ソプラノ記号だのテノール記号だの、いわゆるオープン・スコアは甚だ読み辛い。

時には、↓こんな楽譜に出会ったりするし・・・・

fresco.JPG

(一体何線譜なんじゃ・・・・・)

数字付きの通奏低音、コンティニュオも操れなければならない。


そんなこんなで、どうしても現代譜に書き直された校訂版に頼ることになるのですが。
やはりこれには様々な注意が必要。
校訂者がどんなに立派な人だったとしても。


この楽譜は、P.A.ロカテッリのヴァイオリン・ソナタの校訂版の1ページです。

Augener.JPG

1920年に出版されたAugener版です。
これで演奏する人は多かったのではないでしょうか。
ところが、自筆譜を見るとビックリしますよ。

loccatelli.JPG




出だしの2小節は、校訂者の作曲であったことがわかります。
強弱、フレージング、音符の長さ、コンティニュオのバス音の高さ・・・等々
すべて校訂者の解釈から来ているのだと気付きます。
しかも、しかも、この自筆譜の標題は、「フルート・ソロとバスのためのソナタ」
ヴァイオリンじゃない。

cat_look.gifにゃにぃ~~?!



このAugener版の楽譜は、こう弾きなさい!とがんじがらめで、演奏者の解釈の自由が入る余地がない。
「どうぞ、ご自由に」という作曲者の意図は、演奏者に対してのもので、校訂者に対してではない。

最近のインターネットの普及で、こうして自筆譜を簡単にネットから見られるようになりましたが、
それまでは校訂版を信じて使うしかなかったわけですから、この意味は大きいと思う。




良いエディションを探すこと、原典版(Urtext)を用意すること、可能なら自筆譜等の元資料を見てみること、
時代や国の様相を知ること・・・
「ご自由に」という作曲者の意図に沿うために学ばなければならないことは沢山あります。
本来の「音楽する自由」を享受するためには。


















nice!(11)  コメント(4)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

Bach_Fantasie und Fuge a-Moll BWV 904 [私の録音( Bach )]

今年も、Bachのお誕生日が近づいてきました。
ついでに自分のお誕生日も、(こちらはあまり嬉しくはないが)近づいて参りました。

ダブル誕生日記念ということで、少し前から曲を準備して練習していました。
そして、どうにか少し弾けるようになりました。

が、

さっき気がついたのですが、この曲、短調じゃん!

じゃん・・・・







少しでも華やかさを添えるため、動画で踊り子さんに回っていただきました。







じっと見てると目がまわる。
でも、この動画、使い道はありますよ^^;
前回の記事をふまえて、回転を変えながら見る、というのはどうでしょう・・・・
しかし、変わるの?







Bachさん、お誕生日おめでとうございます。
今年もまた沢山お世話になります。









[ひらめき]追記 17日夜から、コメント欄が機能しなくなりました。 私自身の返信も含め、記事に反映されない状態が続いていました。 せっかくコメントをくださった方々、ご迷惑をおかけしましてごめんなさい。 こちらからご挨拶をさせていただきます。


nice!(16)  コメント(14)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

moment of silence




2011.3.11
被災された全ての命に





黙祷

















Bach : Air
1989. ドレスデン・フィルハーモニー (サントリーホール・ライヴ録音)
指揮 ヘルベルト・ケーゲル



こんなにも美しく、儚い・・・
音楽は、言葉や思想の壁をいとも軽々と飛び越え、人の魂のいちばん奥底にあるものや、時に、
今ある「この世」の向こう側にあるものを照らし出す。
そして音楽はいつも、かけがえのないたった一度の時間。

この翌年、指揮者のケーゲルはピストル自殺をしています。
自ら死を選らばなければならないほどの絶望だったのか・・・




「いただいた命の時間」を考える。



2011.3.11 
千年に一度と言われる大地震が東日本を襲いました。
多くの尊い命が奪われました。
それでも、今ここにいる私たちは、偶然にも生きるチャンスをいただいた。
まだ生きる時間を、幸運にも、いただいた。








この貴重な「時間」をどう使うのか。
どう生きていこうか・・・・


























nice!(15)  コメント(6)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

右脳人間 [音楽雑感]

Spinning-lady-5693171.gif


            ↑クリックしてみてね。





この絵をいただいた。
「どっちに回っているように見える?」
私、 「右まわりでしょ?」
「やっぱりね・・・」

何?



これは、右脳と左脳の働き方をチェックするゲームらしいです。
説明を読んでみると、「たいていの人には、このダンサーの回転が左まわり(逆時計回り)に見える。」と書いてあった。
うそ・・・・
私には右まわりにしか見えませんが。

右回り(時計回り)に見える人は右脳人間なのだそうです。
あぁ、やっぱり・・・
私の目標は左脳人間になることなのですが、まだ修行が足りていないのか・・・[バッド(下向き矢印)]


このサイトに書かれている説明によると、

● 左脳の働き

uses logic
detail oriented
facts rule
words and language
present and past
math and science
can comprehend
knowing
acknowledges
order/pattern perception
knows object name
reality based
forms strategies
practical
safe


● 右脳の働き

uses feeling
"big picture" oriented
imagination rules
symbols and images
present and future
philosophy & religion
can "get it" (i.e. meaning)
believes
appreciates
spatial perception
knows object function
fantasy based
presents possibilities
impetuous
risk taking


と、なっています。
右脳と左脳は相反する機能をもっているんですね。
右脳の機能の「uses feeling 」は、まぁいいとしても、「risk taking 」には笑ったぞ。
う~~ん、これを見るだけでも、左脳に是非とも動いて欲しい・・・





音楽は感覚的なものが最も大切、と思われがちですが違うと思う。
音の意味を深く理解し、楽器を自在にコントロールするのは「左脳」の役割だと思います。
願わくば、右脳も左脳も同様に同時進行で働いて欲しいのですが。
しかし私の前で、このダンサーはがんがん右にまわっています。

なんとか、左へ!左!




と、なんと!突然、彼女がくるりと方向転換して左に回り始めたではないですか!
なんで~?不思議~




これはトレーニングに使えるかな。
さぁ、これで私も明日から左脳人間だ\(*^O^*)/



皆さんも試してみてね♪
















nice!(17)  コメント(24)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

エリーゼのために [音楽雑感]

心配の種だったいくつかのステージ演奏もなんとか終わり、春が来るのね~♪、などとへらへらしていたら、
ブログ左に設置した " side door " にことづてが届いているのを発見しました。

「いつも拝見しています。
ご自分の演奏を沢山公開していらっしゃいますね。
せっかく公開なさるのなら、もう少しレベルの高い曲に取り組んでいただけませんか。
バッハのような練習曲はご自宅で、ご自分のためだけで充分でしょう。
ちなみに、○○音楽大学の付属高校に通う私の娘は、中学生の時に平均律は終えております。」




おぉ~~~!これは強力だ。
どなたか存じませんが、お母さん、ブラボー!crowd_applause.gif






音楽教室の講師の方からよく聞くのですが、
新しく入会してきた生徒さんのお母さんから、
「エリーゼのためには、何年生でやるものなのですか?
せっかく始めたのだから、エリーゼくらいは弾けないと。」
と言われたりするみたいで。





浮世は辛い・・・・
Bachもベートーヴェンもたじたじだね^^
あの世できっと、こんなだよ dancing_cat.gif






さて、その「エリーゼのために」
私は、未だ自信を持って弾くことができません。(おっと[あせあせ(飛び散る汗)]どの曲もなのですが^^;)





まずはこの動画を見てください。ブレンデルの演奏です。



まぁ!!なんて美しい演奏!
0:07 あたりから・・・・「レ・ド・シ・ラ」と弾いていますね。



こちらはアラウ。



かなりピッチが高い。
でも、「ミ・ド・シ・ラ」と弾いていますね。(0:11あたり)



この違いは何なのでしょう??
「レ」なの?
「ミ」なの?
どっちなの?
調べてみましたが、わからない。
こんなに有名な曲なのに、何故はっきりした回答が見当たらないのでしょう??





この曲 ”Für Elise a-Moll WoO 59”の手稿譜は紛失されているようなのです。
残されているのはベートーヴェンが残した2枚の草稿のみ。
そこには曲のいくつかの断片と走り書きが記されています。
完成稿ではないんですね。


この草稿を基にしたTranskription が、BEETHOVEN-HAUS から出版されていますが、草稿のファクシミリもついています。
草稿では、この部分は出だしの1フレーズのみ書かれていますが、「レ・ド・シ・ラ」となっていますよ。
故にこのTranskription も同様になっています。
この曲はロンド形式になっているので、全てのこの部分は「レ・ド・シ・ラ」になるはず。


ところが現在出版されている楽譜には、「レ」の版も「ミ」の版もどちらもあるんですよね・・・・

「Urtext」(原典版)と銘打っている楽譜は調べた限りでは全て「レ」になっています。
しかし、Breitkopf は「ミ」だ。

もう一つ気がついたこと。
それは、「レ」で始まる版はすべて「レ」、最後まで「レ」。
「ミ」で始まる版はすべて「ミ」、最後まで「ミ」。

日本の版はどの版も「ミ」で統一されているけれども、最後だけ「レドシラ~」と終わる。
これ、日本だけみたい。
回りに聞いて歩いたけれど、「最後だけレドシラでしょ?」ってみんな言う。
(さらに最後が和音になっているのも、日本だけかも。他のどの版も最後はそうなっていません。)


まあ、この国の校訂版はどっかに置いておくとしても、
この理由をどうしても知りたい。





この草稿を発見したといわれるNohl さん(BEETHOVEN-HAUSの解説によるとプロフェッサーとなっていますが)が、ベートーヴェンの没後40年に「Fur Elise」の初版を出版しています。
こちらで見ることができます。

http://imslp.org/wiki/F%C3%BCr_Elise,_WoO_59_(Beethoven,_Ludwig_van)



驚くことに、この初版では最初の部分が「ミ・ド・シ・ラ」

写真.JPG

その他の部分は全て「レ・ド・シ・ラ」

写真1-2.JPG


となっています。


ベートーヴェンの草稿を基に出版されたんでしょ?
なのにいきなり「ミ」ですか?
Nohl 教授は、原稿をきちんとチェックしなかったの?
見落としたの?
それともミスプリ?
それともそれ以外に理由があるのでしょうか?


このNohl 教授は、モーツァルトのプライベートなお手紙を沢山見つけてきた人でもあるらしい。
テレーゼ・マルファッティさんの手紙箱を探し、この草稿も見つけたらしい。
(やらしい人かも・・・)
テレーゼを間違えてエリーゼと出版してしまったらしい。
(まぬけかも・・・)
そして「ミ」と「レ」がわからない人だったらしい・・・・



後年の「レ」と「ミ」の混同はここから始まっていったのではないでしょうか・・・






BEETHOVEN-HAUS のTranskription の解説には、この点についての説明はほとんどありませんでした。
もしかして、もはや大したことではないのかもしれません。
だって、すでに「レドシラ」であるということが明白であるのだから。






だとしたら、今日もこの国のどこかで誰かに「ミドシラ~」と弾かれているこの現実は一体何でしょうねぇ?





















nice!(14)  コメント(24)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

Valentin Silvestrov_Bagatelle Op.1-1 [私の録音( not Bach )]











Valentin Silvestrov のBagatelle を録音しました。
前回の St.valentine の記事の続きでダジャレみたいだけど、真剣に弾きました。







美しい冬の日の朝へ、感謝を込めて。yuki1.gif


























nice!(18)  コメント(10)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽
前の10件 | -